片々雑事 5



50) はじめのころの海外出張

かないまるがはじめて海外出張したのは、今から18年くらい前で、DAS-703というDAコンバータを設計した後、北米のCES(コンシューマーエレクトロニクスショー)を見に行ったのが最初です。

空港で警備員にホールドアップされたり、電柱の自然火災で駐車場から出られなくなったり、JFKとニューワーク空港を間違って連れて行かれて飛行機に乗れなかったり、飛行機に乗ってから飛行機がキャンセルされたり、万引きと間違えられたりと散々おもしろいことを経験しました。

ただこの出張で、私は非常に時差ぼけに弱いことが分かり、その後10年間は香港に一回出張しただけで、後は出張要請からは逃げまくっていました。

状況が変わったのが1996年の欧州出張で、アンプの雑誌導入が目的でした。この時は5000シリーズを導入させてくれるという餌に引っ掛かり見事に連れ出されたんですが、5000シリーズはドイツの販社でのリスニングにとどまり、当時職場で設計していたアンプを、ドイツ、フランス、イギリスの三カ国の雑誌社に導入してきました。

おもしろかったですね。ドイツはステレオ誌で、当時ソニーの社員はステレオ誌の試聴室に入れてもらえなくて、この時も「多分入れてもらえないだろう、おいてくるだけ」ということでした。ところが一時間くらいアンプの説明していたら「じゃあ聴いてみよう」ということで試聴室に入れてくれました。ちょうど出始めのB&WのCDM1がおいてあり、他社のアンプと比較しながら評価を聞かせてもらいました。

この時の評価は、いわば一長一短で、アワードを狙っていた導入担当は不満げでしたが、私は彼らのいうことがよく分かり、こりゃ思ったより話が通ずるなと思ったものです。

ちなみにそのときステレオ誌の試聴室にあったCDM-1は、同じものをドイツで購入してもらい送ってもらいました。使ってみたいと思ったからです。しかしなんと日本で買ったほうが安いことが分かり、ちょっとまずいことしたかななんて思いました。

そのあとのフランスは、たしか個人のライターの自宅だったと思いますが、非常に音がよくなかったのを覚えています。ライターさんもいいわけばかりしてたし。

そのあとのイギリスは、現在も活躍しているイギリス人の導入担当とはじめて出会ったり、オーディオ誌の80%という驚異的シェア(当時)を誇っていたお化け雑誌であるWhat Hi-Fi? 誌をはじめて訪問したりで、とてもエキサイティングでした。

この出張後は出張を断れなくなって、次に出たのが、ポーランド、ハンガリー、チェコ、ロシアと回るデモ行脚。この時に初めてロストバゲッジも経験しました。ロシアに入っちゃったらあきらめようねと言っていたのですが、なんとかチェコで追いついてくれました。タグを見たら荷物だけアメリカ旅行をしてたようです。

この後香港に出張するまでは1年程度ありましたが、そのあとはもう目茶苦茶。何カ国行ったのかな。

ボーランド、ハンガリー、チェコ、ロシア、フランス、イタリア、イギリス、ドイツ、オーストリア、ギリシャ、オランダ、マルタ、香港、タイ、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、韓国、カナダ、アメリカ、メキシコ

21カ国か。まだ行ってないのが、中国本土、南米大陸、アフリカ大陸、中近東ですね。

(04年9月に中国が加わり、22カ国)

あいかわらず時差ぼけには弱いですが、最近は飛行機に乗ったらとにかくできるだけ寝るというコツを覚えたおかげで、多少は楽になってきました。

ちなみに私、プライベートでは新婚旅行でグァムに行きましたが、それ以外はプライベートの海外旅行は一度もしていません。今年の目標はプライベートの海外旅行かな…。

(2003/07/15)
(2004/05/17誤記訂正と追記)


49)ドイツへ出張してきました

ドイツのハイエンドショーに出張してきました。場所はフランクフルト。



今日現在トップページにあるオープニング画像は、ホテルの部屋(13階)から撮影したマイン河。町の中心を流れていますが、最も中心部でさえ、このように緑に囲まれています。ドイツはどこに行っても緑が多い (というかズバリ森が多い) ですし、人々の考え方もどこかゆっくりとしているように感じます。

ハイエンドショーというのは日本のオーディオフェアのようなものなんですが、日本のフェアがほとんどAVフェスタ化しているのに対して、ドイツはまだ2チャンネル中心で、真空管アンプと小型のスピーカを並べて、普通の家庭で使えるサイズのデモが多かったのが印象的でした。こんなところに完全に国民性が出ますね。地場の小さいメーカが山ほど出展しているのも日本と違うところ。日本の場合、小さいオーディオメーカって昔にくらべると全然少ないですよね。

それと、どのブースもきちんとセッティングして音を聴かせています。日本のオーディオエキスポは (去年はありませんでしたが) 特定のブース以外はきちんとした音を出しているとは言い難いと思います。しかもホテルをひとつ丸ごと使い、客室=ブースなので、ごく普通の家庭に近い音が聴けます。一度に聴ける人数は少ないですが、買いたいものを探しに来る人には実質のあるイベントだと思いました。

さて、私の出張はいつものごとくデモのセットアップです。ある時は設計者、ある時は勉強会の先生。ある時は導入担当。いやはや忙しい。

で、最近はマルチチャンネルをデモするわけですが、このマルチチャンネル環境を完全にセットアップできる人はあまりいないので、あちこち飛び回ることになります。通常セットアップは私一人でやりますし、どちらかというと教える側ですが、今回はオランダ人のJean Marieという、かなり有名なミクシングエンジニアがセットアップ担当で、私はサポートという形で入りました。

いやー、勉強になりましたよ。普段他人のセッティングはなかなか見ることなんでできないじゃないですか。もちろん私のほうが得意な部分は私がやるんですが (あ、一応私もプロですから)、新たに吸収したものが非常に多くてエキサイティングな出張でした。

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ところで、現地でタクシーに乗ったら、中国人かいって聞かれました。「違うよ日本人だよ、ノー・サーズよ」って言ったら、大げさなポーズで安心してました。心配ならマスクをすればいいんですが、そうもしてらんないんでしょう。

会場には台湾や中国からと思われる人はほとんどいませんでした。アジア系のメーカは結構出展していますが、一般的には現地 (ドイツ) の代理店が出展するのが普通のようで、アジア人というと日本人という感じでした。アメリカのイベントだと東洋人は日本人以外が非常に多いんですが、これがドイツだからか、SARSの影響かは私は知りません。でも、例年だともう少し中国系の方がいるそうなので、人の動きが減っているのはたしかでしょう。

そういえば成田空港はガラガラでした。JALもガラガラ。とにかく人の動きが止まってしまったようです。航空会社は利益が出なくて大変でしょうね。つぶれるところが出なければいいのですが。

今回の出張は、SARS騒ぎ以後最初の出張でしたが、現在は旅行者よりは空港職員のほうがマスクは多めですね。もっとも私が動いた時間は欧州便が多い時間なので、アジア便が多い時間だともっとマスクが多いのでしょうけど。

空港職員はさすがにマスクをしている人が多いです。それも入国関係に集中していますね。これは当然か。ただ、職員のマスクが人によりタイプが違うのが印象的でした。自費でやっているのかな。

入国といえば、今までは無かったサーモグラフで全員の体温を測定していて、このため帰国便が来るたびに長い行列ができます。機械の前を通る時は、悪くはないとわかっていてもドキドキしますね。緊張で熱が出そうでした。…。うそです(^_^;)。

(2003/5/31)


48) サブウーファを移動しました

ローマから帰国したあと戦争が始まったこともあり、海外出張が一段落。次は5月下旬ですが、それまでは時差のインパクトと戦わなくてよさそうでほっとしています。過労になっているのは事実ですが、まあだんだんと回復しています。しかし鍼は効きますね。

現在の私の趣味は蕎麦打ちですが、久しぶりにオーディオをいじりました。サブウーファが部屋の左側にあったんですが、どうしてもロードオブザリングが怖く無いので、フロントセンターに移動したんです。

かないまる邸のAVシステムはホームAVのページに公開していますが、実はちょっと記述が古くて、現在はアンプはVZ555ES。サブウーファはB&Wになっています。

で、配管などの詳細はそのページにありますが、サブウーファはラック脇においてありました。センターに出すには配管を通す必要かあります。そこで右チャンネルのスピーカ配線を一旦配管から出して、SW信号を通す同軸ケーブルといっしょに配管に通し直しました。久しぶりにラックの後ろをいじったので、掃除から初めて半日かかってしまいました。

結果は。おー、怖い怖い。で大成功。

(2003/05/11)


47)ぬか床作りをしました

かないまる家では、通常米はスーパーで買うものとなっていますが、カミさんが珍しく米屋で米を買ってきました。最近は米屋もいろいろと工夫しているようですね。その米屋は目の前での精米が基本となっているそうで、米ぬかももらってきたので漬け物のぬか床を作ることにしました。

とはういものの、タネぬかなしにぬか床を作るのはちょっと辛いので、市販の「ぬか床の元」をタネぬかにすることにしました。以下記録です。

1)材料
もらってきたぬかは850グラムでした。むか〜しぬか床を作った時のレシピを引っ張り出してこれに対して下記を用意しました。
・荒塩 130グラム
・ぬかみそからし(チヨダ) 260グラム
・湯冷まし水1100cc

レシピには「水と荒塩は7:1。ぬかとぬかみそからしは10:3。水は、水以外の材料重量の9割」とありました。湯冷ましを使うのは、ぬかと塩素が反応するとクレゾール臭が出るからで、ミネラルウォーターでもいいわけですが、今回は水道水を5分以上弱火で沸騰させてから冷ましまして使いました。

2)市販のぬか床の元
乳酸菌が入っていればなんでもいいので、比較的安価な国城産業の「ぜいたく三昧」というのにしました。内容量800グラムで、湯冷ましを700グラム加える指示となっています。したがって水は全部で1.8リットルとなります。

3)混合します
まず水以外の材料をすべて大鍋に入れて混合。ここに水を加えます。まず8割の水を入れて混合。水気が落ち着いたら残量の水を加えて練っておしまいです。最初は荒塩がところどころツブになっていましたが、すぐに溶けてしまいました。



これで約4キロのぬか床ができました。家庭用としてはまあまあの量ですね。右の袋は使った市販品です。ぬか床の容器は広口のタッパを使いました。普段は蓋をしておきますが、通気は必要なのでゴムの気密シールは取り除いてあります。両サイドからフックをかけてロックするタイプですが、ロックをしても通気は確保できています。

まだ作ってから時間が経っておらず、ぬか床としては若いですが、まずはナスを付けてみました。漬け物としてはかなり点数が低いですが、でもとてもおいしい。考えてみると市販の漬け物はわけのわからない添加物だらけですから、こんなものでも全然まともなわけです。

(2003年5月11日)


46)アストロボーイ鉄腕アトム

明日(4月7日)は鉄腕アトムが誕生した日なんだそうです。朝9時半から始まったテレビ番組(アストロボーイ鉄腕アトム)を子供が見始めたので横目で見ながら書いていますが、いやー、最近の動画はよく動きますね。これがアトムか…。でも動きだけでなくて、そこに描かれているアトムは私が見たのとは少々違うみたいです。

そういえば声も全部違いますね。初放映からちょうど40年が経過し、アトムの声をやった清水マリさんは今66歳だそうですからこれは当然ですが、こちらは実はそんなに気になりません。JALの国際線に乗ると機内でマナーを説明するビデオが上映され (国内線でもやるのかな)、制作が虫プロ。出演がアトム、お茶の水博士、ランプ他ですが、今回の声のキャストはこれと同じ感じがします。

実は私は、明治製菓のマーブルチョコレートをたくさん買ってアトムシールをもらうのが嬉しかった筋金入りの、当時どこにでもいたアトム少年の一人です。娘が当世の漫画のキャラクターを原作そっくりに描けるように、私もアトムを手塚治虫の原作そっくりに描けました。顔はなぜか左向きしか描けませんでしたが (原作も左向きが多かったと思いますが) 内部構造までしっかり描けました。その私が感ずる違和感はどこからくるのか。まあ今回のアトムは私の世代向けではないので、どうでもいいんですが。


それはさておき、実は当時の映像をときどき特集番組なんかで見ると、画も音も随分稚拙だったんだなと思います。

そういえば公開当時も「音が無い時間が長いなあ」と子供心に思ったもんです。当時の実写ドラマはけっこう音が付いていたんでしょう。アトムには無音の時間というのがすごく多かった。国産アニメをとにかく作るという手塚治虫苦労話を数カ月前にテレビで見ましたが、もうかなり無理して作っていたんですね。音も十分に付けられなかったのでしょう。シーンの使い回しは当時9歳の私にもわかってしまいました。でも毎週放送時間にはテレビの前に座っていたものです。

そうそう。アニメのアトムの前に実写版のアトムがあったのをご存じですか(1959年から1960年)。スイカに注射器で毒薬を注入するシーンがでできたとたん、当時小学校二年生の私には毒だということで、そこから以後両親が見せてくれませんでしたが、主題歌の部分だけは見せてくれたので今でも最後の部分を覚えています。歌詞があれば、ひょっとすると他の部分も歌えるしれしれません。

アニメのアトムにくらべるとこの実写版の話はとんと聞きませんが、なぜなんでしょうね。なにしろ人間が空を飛んだはずですから初期の特撮モノということになるはずですが、余りに稚拙なので封印されてしまったのでしょうか。まあ、今見れば相当情けないモノかもしれませんが、実は私、見たいんです。心から見たい。

というわけで、アトム誕生日まで、あと一時間ですね。

(2003/4/6)


45)ホテルでLAN

2003年早々、ラスベガスに出張しています。世界最大のエレクトロニクスショーであるCES (Consumer Electronics Show) と、その周りで小判鮫で開催される小さな展示会を見に来ました。



当地のホテルはどこもカジノ併設。アメリカで合法的にカジノができるのはここと、あとは東海岸に一カ所とか。私が泊まっているBALLY'Sというホテルも一階と地下はフロア全部がカジノです。

カジノの雰囲気っていうのは、いかにもアメリカ映画的でいい感じですね。でも、私は賭け事は弱いと自負してますのでほとんどやりません。パチンコだってやらない人です。

なので当地に入って二日目ですが、スロットマシンすら手を出してない。ホント。まあやって数ドルでしょうね(^_^)。それ以上カジノにみつぐ気はありません。

さて、本題。



最近アメリカのホテルに泊まると、LANが入っているところが多いです。一日10ドルが相場で,このホテルにも100BAST-TXが来ていて、24時間あたり$9.99で使えます。

使い方は簡単で、まずPCの電源を落としておいてLANケーブルを接続。PC起動後ブラウザを立ち上げれば、最初に立ち上がるページ(ホームページ)がホテルのポータルサイト(入り口のサイト)になっています。たとえばここならこんな感じ。



Clik Hereをクリックすると契約画面などがでてきて、さらに進むとインターネットにつながります。実行速度はそんなにはやくないようですが、ADSL同様程度には快適にブラウジング出来ます。

まあホテルによってはそのままずっと使えたり、数十分ごとに接続操作が必要だったりで、その便利はまちまちですが、まあだいたい快適です。

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さて、毎回快適に使っているホテルLANですが、今回はちょっと障害にでくわしました。幸い回避出来ましたので記録しておきましょう。

障害はメールの送信が遅くなる(実質的に出来なくなる)というものです。WEBブラウズやメールの受信は問題ないんですが、送信だけ遅いんです。

いろいろやってみましたよ。たとえばメーラを変えるとか、つかっていないメールアカウントを開けてみるとか。

また症状を適当なタームで検索してみましたが事例はでて来ませんでした。どうも海外のホテルでメールが遅くなるなんて障害には出会った人はいないんでしょうね。

結局いろいろやってみて、Windows2000のコマンドプロンプトから以下の入力をすることで解決しました。

C:\>IPCONFIG /RENEW

これはDHCPとの接続をいったん完全に御破算にして、接続をやり直すコマンドですが、Windowsの再起動でも復帰しな勝ったのが、これで無事回復しました。

いやー、よかった。この記述がどなたかの役にたつといいですね。

(2003年1月12日 ラスベガスにて)


44) 蕎麦打ちページが一周年

蕎麦のページのトップページや、核になる蕎麦打ち編の初稿を書き上げた日付が2001年12月21日になっています。

この蕎麦打ちページは、年末までに蕎麦打ちを教えると約束したのに果たせなかったパソコン通信仲間と、仕事でつきあいのあるベンダーの技術者さんが最初の想定読者ですが、そのパソコン通信仲間に内容を最初に見てもらうためにローカルに公開したのがこの日です。

その後読んでもらった感想や誤記訂正をして、かないまるのトップページから読めるようにしたのは新年1月15日ですが、ページを立ち上げたという意味での誕生日は一年前の今日です。

もともと現在のような大規模なコンテンツにするつもりはなくて、蕎麦打ちを教えてほしいという上記二名と、つゆの作り方を教えてほしいというカミさんの実家の親に、レシピ等の一通りの情報を提供するのが最初の目的でした。

それが生来の凝り性が災いしてのめり込んでしまい、現在のような状態になってしまったわけですね。

現在は高山製粉さんや古川製粉さんからリンクでお出での方が結構多くて、アクセス数もかなり上がってきていています。蕎麦打ちページの左側に出る目次を表示した人の数を集計しているんですが、一日の来訪者数は現在50〜70名ですね。

かないまる本体と蕎麦ページのカウンタは共通ですが、一日のカウントは現在200〜300ですから、蕎麦関係の構成比が1/4まで上がってきていることがわかります。

私自身にとっても、蕎麦打ちはいまやかけがえのない趣味ですので、今後もページの充実を図って行きたいと思っています。今後とも応援をよろしくお願いします。

(この内容は蕎麦日記のページにも同じものをUPしています)




(2002/12/01)