初公開

起こし庖丁技法と専用こま板




更新 050527
初稿 031012


蕎麦打ち編u8番の切りで解説したとおり、庖丁は通常左に傾けて作業します。これは本職でもみられるもので、テレビで蕎麦打ちが出て来ると注意していますが、某名人もそうでした。つまり左に傾いた庖丁作業は珍しくありません。これを「倒し包丁」と名付けることにします。

しかし庖丁は切り始めに打ち手から見て右に傾いていて、切り終わりが垂直になるような切り方も存在します。言うなれば「起こし庖丁」。この切り方を推奨している書籍もあります ( 服部 隆 著 「そば」農文協 刊 )。

ところがこの本の解説は実際の庖丁の動きを正確には解説していないようです。結論を言ってしまえば間違っています。というのも、起こし庖丁をやるには、こま板の下端が、左に控えていないと (言い方を変えると、下端より上の部分が右に飛び出していないと) 非常に難しいしのです。

全く普通の垂直の駒板でも、生地の弾力で起こし庖丁はできるようですが、最近某MLでのディスカッションから、本職でも起こし庖丁をする場合は、駒板の枕が右に傾いているのが普通であることがわかってきました (たとえば達磨の高橋名人の駒板もそうなっています)。

このコラムでは、この起こし庖丁と駒板の形状の関係を解説し、実際に切る場面をご紹介したいと思います。


1. 起こし庖丁のメリット

このへんでお断りしておきますが、「倒し庖丁」とか「起こし庖丁」とかは私の勝手な命名です。この庖丁の倒し方、起こし方の要素はあまり議論されていないようで、名前もついていないのです。

その前に起こし包丁はどこがいいのか。

それは最も力が入るべき切り終わりが垂直なので、庖丁作業が非常に安定し、角の立ったおいしい蕎麦が打てることにあります。またリズムも大変にとりやすく、疲労せずに蕎麦を速く打てます。この点のメリットの訴求については、上記の書籍の主張は的を射ています。

しかし庖丁を垂直にしたときこま板が左に進む原理は理論的に間違っています。駒板に大きなヒミツがあるのです。


2.起こし庖丁の原理



これが起こし包丁の概念図です。普通と違うのは、こま板の枕が90度ではなく、右に傾いて、上部が右に飛び出していることです。



庖丁を下ろしたところです。庖丁は切り始めから切り終わりにかけて、左回転しながら降りて行きます。それは難しいようですが、少し練習すると簡単に会得できます。

庖丁の回転にともない、駒板は左に進み、庖丁を上げると次に切る生地が見えています。



つまり庖丁を右に傾けながら持ち上げれば、こま板下部から飛び出した生地を切ることができ、あとはこの繰り返しとなります。

枕の飛び出し量は、最も太く切りたい時の麺幅で決めればOKです。それより細い麺を切るときは、切り始めの庖丁を立て気味にすればいいからです。しかし一般的には庖丁の切り始めは駒板に刃先が触っているのが普通ですから、一番切りたい幅に合わせて角度を決めるのがよいと思います。

まとめると、
・枕の上部が飛び出したこま板のを作ればよい
・飛び出し量は、最低でも麺の切り幅以上必要

ということになります。

以上の概念は、本稿初出時にはネット上にはほとんどみられませんでしたが、某MLでの議論の結果、現在は多方面でみられるようになりました。ほとんどの方は、お手持ちの駒板をやすり加工で削って試されるようです。

私の場合も、最初は削り加工で作りましたが、最初のものは沿ってしまったため、現在は最初から角度がある駒板を自作して使っています。このへんの製作記は工作編k05番k05-1番に記載してありますので、是非ご覧ください。


3. 起こし庖丁技法の実際

では実際に切ってみましょう。以下の画像は最初に作った起こし庖丁用の駒板で撮影したものです。



まず打ち手から見て右に傾いた状態で生地に庖丁が当たった瞬間です。このあと庖丁を90度まで起こしながら切り下ろします。



庖丁が降りてまな板に当たった瞬間です。庖丁は垂直になっています。つまり切りながら庖丁を回転させているわけです。そう書くと難しそうですが、最後が垂直なので、想像以上に簡単で、リズムに乗って「ストーンストーン」という感じで気持ちよく打つことができます。

ここでこま板を見てください。打ち手から見て左に動いて、次に切る部分が見えています。

なお、繰り返しになりますが、麺の太さはこのスキマで決まるわけではありません。庖丁を持ち上げたとき右にどのくらい傾けるかで決まります。つまり右に傾る角度で次の麺の太さが決まります。このこま板は最大2ミリ程度の麺を切る設計ですが、きりべら23(麺の太さは1.5ミリ弱)でももちろん打てます。



切り進んだ様子。最初のところは撮影の都合で何度も庖丁を止めたので少し暴れていますが、そのあとは安定して切れています。

このこま板と庖丁技術のもう一つの利点は、こま板がまっすぐ進むということです。

たとえば300グラムを60センチ×38センチに延ばして、30×19センチに四つに畳んで切った場合、19センチ幅を1センチ幅まで切り進んでも全く曲がらずに切ることができました。切り終わり間際にこま板を上げてみましたが、30センチ×1センチの生地がこま板の下にありました。倒し包丁でも注意すればまがらずに切れますが、起こし庖丁ではほとんど意識せずにまっすぐに切れるようです。

こま板がまっすぐ進むということは、一本の麺線の太さも上から下まで同じ太さになるということです。切り幅の安定は茹で時間の正確さにつながりますので、美味しい蕎麦を食べる必要条件のひとつです。

もちろん、機械のように正確に打てるわけではありませんから、一定幅で切る意識でも適度なバラツキはあり、バラツキ量的にはそのくらいで十分と私はおもっています。

なお、このこま板は倒し庖丁で切ることももちろん可能です。そういう意味ではオールマイティーなこま板といえるでしょう。



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