だしの濃さについて





更新 100425
改定 040327
初稿 020114


蕎麦つゆのダシは、そば屋さんの世界では薄く煮出して濃く煮詰めるのが基本とされているようです。また節は厚削りが主流。これはきわめて濃く作ったダシを節に持ち出されないための工夫でしょう。

さて、われわれ素人のだしとりの条件は本職とは違いますが、素人的に知りたいことは次の二点だと思います。

・煮詰率はどうしたらよいか
・最終的にどういう濃さにすべきか

1. 煮詰率の問題

煮詰率とは、最初の湯が仕上がりのダシで何%になるかですが、プロの話では概ね75〜70%に煮詰まるようです。

しかしこの倍率を素人的な1リットル程度でやろうとすると結構難しいものがあります。40分で煮詰め率70%になるように火力を調整すると、開放した鍋では温度があがらずに、十分に濃厚な感じにならないことが多いのです。

結局火力を上げるか、液面の冷却をおさえるように鍋にフタをするかのどちらかによりて高温を維持するのがよいことになりますが、フタによる温度上昇は条件によりいろいろなので、このような文書で書くページでは安定した指針が出せません。

現在の決定打は実験研究編(j)の10番に示したように、ケトルでダシをとる方法です。抜群に美味しいダシがとれます。このページには、ガス火力と煮詰率の関係をあらかじめ調べるという考え方も記載してありますので、参考にしてください。


2.濃度の問題

ではその煮詰まったダシの濃度は一体いかなるべきものなのでしょうか。最終的なダシの液が節の何倍であるべきか。これは蕎麦打ちを始めて以来、ずっと回答を求めていた課題でした。

ところがあるとき、醤油メーカのホームページをいろいろ見ていて、おもしろいことに気づきました。醤油のうま味はグルタミン酸が主体だというのです。また、その含有量を調べると、しょうゆの花房のホームページに、「醤油中には20種ものアミノ酸があって、その約五分の一はグルタミン酸です。 濃口醤油で1.2%から1.5%もあります」という記載がありました。現在使っている醤油である本膳やそば膳の値はわかりませんでしたが、このへんの醤油はアミノ酸濃度が高いということになっているので、とりあえず1.5%ということで考えを進めてみましょう。

ではかえし1000cc中のグルタミン酸の量は何グラムなのでしょう。返しの比重は、1.25程度ですから、返し1000ccの重量は1250グラムです。

一方、私の返しの混合率は、しょうゆ1リットル(=840cc)に対して、砂糖212グラム、みりん232グラムですから、加熱中の水分蒸発を無視すると、合計1284グラムで、醤油含有率を逆算すると重量百分率で65%となります。

したがって、返し1000cc中の醤油は1250×0.65=817グラム。その1.5%がグルタミン酸ですから、

817×0.015=12.2

つまりかえし1000cc中にグルタミン酸が12グラム程度存在するわけです。

さて、かつお節のうま味の主成分がイノシン酸だというのは有名な話です。そして、グルタミン酸とイノシン酸には相乗作用があり、一定の割合でうま味が増強されるといいます。ではその合理的な配合比はいくつなのか。




これがうま味の相乗効果のグラフです。グルタミン酸に対してイノシン酸が15%〜20%まででうまみの相乗作用が急激に進むことがわかります。それ以上でも増加はしますが微増となります。したがって15%程度がひとつの到達目標といえるでしょう。

「相乗効果はグルタミン酸とイノシン酸の比率は5:1が美味しい」ということも言われていますが、上の図で分かるのは、本当は1:1がうま味のピークです。でもイノシン酸はコストが高いので、「経済的なことも考えると5:1程度が一番美味しい」ということなのだと思います。

かえし1000ccの場合で考えると、グルタミン酸が12グラムですから、イノシン酸とグルタミン酸の合計のうち、15%をイノシン酸にするには、12×15/85=約2.1グラムが含まれる必要があります。これをかつお節から得るわけです。

ではどのくらいの濃さのダシを作れば、このイノシン酸量を達成できるのか。

出典ページがネット上から消えてしまいましたが、過去に調べた結果では、かつお節のイノシン酸含有量は並の節で0.4〜0.5%。本枯節のよいもので0.7%程度のようです。ヤマキの「氷温熟成法・かつお厚削り」は、100グラムパッケージに「850mg」と明記してありますから (0.85%ですね)、このへんが上限でしょう。

氷温製法の詳細はわかりませんが、魚は氷温で貯蔵するとイノシン酸濃度が最高になるようですす。



ですので、このことを工業的に最適化してつくるのでしょう。たしかに美味しい節です。


さて、ここでは本枯れ節を使うことを前提に0.7%を採用し、かつお節をどれだけ使えば、イノシン酸が上記2.1グラムに到達するのか計算してます。

すると、なんと節=300グラムが必要と計算されます。一方ダシ汁としては返しの3倍、つまり3000cc(3キログラム)必要です。3000ccのダシを300グラムの鰹節で作るのです。ダシは煮詰めることで量が減ります。これを「詰める」といいますが、最初の水の量はともかく、ダシの出来上がり量は、節の10倍以下まで煮詰める必要があるわけです。

もちろんうま味成分はグルタミン酸とイノシン酸だけで決まるわけではありませんし、イノシン酸が全部抽出されるわけでもないでしょうが、これはひとつの目安といえるでしょう。

また老舗のそば屋さんは昆布だしをほとんど使わないようです。これはグルタミン酸主体の醤油に節のイノシン酸をあわせるのがここまでたいへんなことがわかると、昆布だしを使ってわざわざグルタミン酸を増やすのは賢いことではないのだと理解できます。江戸には昆布がきませんでした。一方で醤油のアミノ酸濃度が高くなることでそれを補いました。関西の薄口醤油はアミノ酸濃度が低いそうです。昆布と合わせるからでしょう。なので関東の文化である蕎麦汁は、昆布ダシは入れないのが正しいのです。

実は本来は枯れ節をつかうとか、濃度がすごく高いとか、昆布だしは使わないのが基本など、こんなことはたくさん出版されている蕎麦打ち本にはほとんど書かれていません。隠されているようにすら感じます。「蕎麦の打ち方は明かしても、蕎麦汁は教えないぞ」みたいな。実際、老舗の蕎麦汁の脱サラ組の蕎麦屋さんの蕎麦汁の違いは、うま味の使い方だとかないまるの味覚は感じています。


またそば屋さんが一般的になぜ厚削りを使うのかも理解できます。薄削りは圧搾でもしない限り大量のダシを抱え込み、素人が少量のダシをとる場合はともかく、業務用に大量にダシをとるのは非常に大変な作業となると思われるからです。

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さて、これまで素人なりに頑張って、節の重量の何倍までならクセを出さないダシがとれるかを調べてきましたが、最高濃度は、

・スーパーの混合節 15倍以上(あまり濃くできない)
・混合節、あるいは雑節 12〜14倍程度(もともと味や香りが強い)
・あら節や並みの本枯れ節 10〜14倍程度
・ヤマキの氷温熟成法・かつお厚削り 10倍程度
古川製粉の最上級本枯れ節 9倍程度(もっと濃くできそう)

でした。いわば濃くする限界で、たとえば混合節だと濃くしすぎると魚臭くなります。有名な蕎麦屋の暖簾を分けてもらった蕎麦屋の蕎麦汁が魚臭くてがっかりしたことがありますが、若い店主が節を理解しない (あるいは工夫したつもりで) 雑節をつかったのでしょう。

で、この濃さの限界は、もうなんか節の実力そのものって感じです。ちなみにヤマキの氷温熟成法・かつお厚削りはスーパーで売っている貴重な存在です。最下段の古川製粉の本枯れ節は、マルサヤというそば屋専門の節問屋さんが製造したものです。古川製粉さんが「素人が少しだけ趣味で使うために」と企画して、マルサヤさんがそれに応じて最上級品を小分けしたのだとか。さすが蕎麦専門の節屋さんの最上級品だけあって「どこまで煮詰めてもクセなんか出ないぞ」という感じの素晴らしく美味しい節です。お客様のときは是非これを用意しましょう。

なお10倍まで安定して煮詰めるには、実験・研究編 (j) の10番にご紹介したホーロー引きのケトルを使う新手法がお勧めできます。

というわけで、良質の節と高温抽出で、本枯れ節を10倍以下まで煮詰めたダシが美味しい、というのが結論です。



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