5 映画館におけるマルチサラウンド環境
以上、ホームシアター用の音源はそれ用にケアされていることや、ホームシアター用のほうが音質そのものもよいことを延べました。
しかし「ホームシアターの音は映画館の音 (いわゆるシアターサウンド)にはどうしてもかなわない」と感じている人も多いでしょう。
ここから、映画館らしい音がどこから来るのか考察し、ホームシアターのグレードアップの一助としてみたいと思います。
5.1 パンニングの自由度
映画館とホームシアターの違いのひとつは、映画館はサラウンドスピーカの数が多いということです。

写真5 ドルビーラボの試聴室(ロスアンゼルス)
(画像提供 Dolby Laboratoties Inc.)
写真5はサラウンドスピーカが多数配置されている環境の一例です。リスナーの背後の壁面にも、映写窓を挟むようにサラウンドスピーカが設置されています。

図1 映画館のスピーカ接続
接続は図1のようになっています。たとえば5.1チャンネル映画では左半分と右半分を2グループに分け、各グループは同じ音を再生します。
このようにサラウンドスピーカをたくさん使う理由は、本来は映画館のどこに座ってもサラウンド音がよく聴こえるようにするためで、サラウンドが1チャンネルしかないドルビーSR時代からきわめて普通の設備でした。
しかし独立5.1チャンネル制作がはじまって、サラウンドスピーカ群を左半分と右半分に二つに割ってからは、サラウンドとフロントとのつながりが非常によいことを利用した音作りがされて来ました。

図2 5.1チャンネルスピーカ環境の定位
図2は、サラウンド1チャンネルにスピーカを一個ずつ配した場合です。
この条件では、RチャンネルからSRチャンネルまで音圧比を徐々に変化させてパンニングを行うと、途中で定位を失いやすいという弱点があります。つまりフロントとサラウンドの中間に音を配置するのが難しいのです。
これはポピュラー音楽制作者がマルチトラックからミックスダウンするときによく抱える悩みでもあり、クラシックの音楽のように現場の反射残響音をフロントチャンネルとサラウンドチャンネルにバランスよくたっぷりと録音できる場合をのぞき、解決が難しい問題です*1。

図3 マルチサラウンドスピーカ環境の定位
これに対して、図3のようにサラウンドスピーカが複数個ある場合は、フロント(スクリーン上の画面内)から、映像のないサラウンド(画面外)への音がシームレスに移動します。スピーカ間に音を止めることももちろんできます。またこの状態で、右側サイドから左側サイドの間でもパンすることができるので、結局音で全空間を埋めつくすことができます。
ハリウッドの映画サウンドが、音のないところがなく空間が連続的でリッチなのは、サラウンドスピーカが複数個あるダビングシアターでミックスされ、それに近い条件の映画館で上映されることに関係していると思います。このことは、実際ダビングシアターで編集を監修したことがあるかないまるの経験からも断言できます。
これを裏返すと、マルチサラウンドスピーカ環境生まれの映画の音を、各サラウンドチャンネル一個ずつのスピーカで再生した場合は、ミックスのバランスを入念に行い、また再生空間の反射音や残響を上手につかうか、AVアンプに装備されている残響生成回路の助けを借りないと、再生空間を音で埋めつくすことはなかなか難しいということになります。*2
*1ただしポップスのミックスでも、アンビエンス音をしっかりとってミックスに使うか、エフェクタなどで生成した間接音を上手に使えばつながりはよくなることが、camomile Best Audioミックスプロジェクトでわかって来ました。したがってつながりに関しては編集の実力次第ともいえます。
*2この点に関しても、最近のBD作品は家庭用に5.1チャンネルのニアフィールドスピーカ環境でリミックスされるのが普通になってきましたので、以前にくらべるとはるかにつながりがよくなってきたと思いますが、マルチサラウンド環境で作り込まれた音が元なので、まだまだ完全とは言い難いと思われます。