アナログアンプを復習しましょう
更新 040427
初稿 040423
さて、ここまではTA-DA9000ESのハードウエアを画像でみてきました。その高音質をささえる仕掛けの片鱗がお分かりいただけたと思います。
しかしTA-DA9000ESの大きな特長は、なんといってもパワーアンプの増幅方式がデジタルアンプであるということです。そこでここからしばらくは、デジタルアンプ関係の話にスポットをあててみましょう。
ここからの話は、以下の順番で進めて行きます。そのつもりでいてくださいね。
- アナログアンプの復習 (その曖昧さの指摘)
- デジタルアンプとはなんであるか。
- デジタルアンプはどこかアナログアンプより優れているのか (一般論)
- ソニーのS-Master 方式はどこが優れいてるのか (ソニー方式の優位性)
- 高級機用、S-Master PRO方式とはなにか
では最初の話題であるアナログ方式の復習からはじめましょう。
1. アナログ増幅方式のパワーアンプ
ここでアナログだデジタルだと言っているのはパワーアンプの方式のことです。つまりスピーカをドライブする最後のパワー素子がどんな方式で動作しているかを考えていると思ってください。
で、アナログ方式というのは、パワー素子がオーディオ波形をそのまま増幅しているのが特長です。デジタル方式がいいんだとしたら、このアナログ方式には欠点があるはずです。それはなんなのか。
2.アナログ増幅方式の発熱
これはアナログアンプの発熱の様子を示した図です。AVアンプやステレオアンプで主として使われるアンプは、波形の上半分と下半分を別々のトランジスタ (上図のQ1とQ2) で分担して増幅します。右の波形は、一番上が扱っている波形。二段目の 「Q1 heating sequence」がQ1の発熱。三段目の 「Q2 heating sequence」がQ2の発熱です。
この波形はあまり作ったことがないのでみなさんも初めてご覧になるとおもいますが、まずざっと見てどうですか。ものすごく複雑ですよね。オーディオ波形と似ても似つかない。
細かく見てみましょう。
まず波形の左端。出力がゼロから次第に大きくなり始めると発熱が大きくなります。
ところが波形が最大値に達するころ、発熱は逆に減少し、最大出力点ではゼロになります。そして再び中間的な出力で発熱が最大となり、波形がゼロになると発熱もなくなります。
以上がプラス側の半サイクル。ここから半分はマイナス側の波形なので発熱はQ2側で起こります。形は全く同じです。
さて再びプラスの波形。なんだか様子がへんです。一つ目と違いますね。なぜでしょう。
答えは波形が最大値に達していないことにあります。波形が最大値に達しないので発熱はゼロにならず、中間的な値で止まるのです。次のマイナス側半サイクルはさらに出力が小さくなり、発熱の波形がまた変わっています。
このようにアナログアンプの発熱は、かなり複雑な挙動をするのです。
3. このクセのある発熱が音を歪ませ、曖昧にする
さて、この複雑な発熱。複雑さもともかく、発熱量自体が尋常ではありません。相当大きいものなのです。
大型のアンプではこの発熱は100Wを超えます。100Wの電球、触れますか。触れませんね。そういう発熱です。ところがパワー半導体チップはせいぜい数ミリ角。そのたった数ミリ角の半導体チップに、100Wの電球より大きな発熱が発生するのです。
音楽が始まると素子は一気に温度上昇し、一瞬にして100度を超えます。
ところで半導体、特にトランジスタは温度により特性が大きく変わります。温度が上がると増幅率が上がるのです。したがって、先程見ていただいた複雑な発熱は、トランジスタの特性を複雑に変化させます。音の波形と全然関係のない変化です。したがってこれは歪みの原因になります。
また発熱そのものが大きいため、なにか音が出ると次の瞬間はもう別の音質になっています。右チャンネルと左チャンネルの発熱は時々刻々と変化しますが、それは同じ変化ではありません。
このような理由で、アナログアンプの音質は元の波形と変化しがちですし、また左右も別々のクセが付きます。このため、音質は劣化し、ステレオイメージは曖昧になりがちです。
ボーカルが伸びやかでない。空間が小さい。スピーカのところに音が集まるなど、従来しばしば指摘されてきたトランジスタアンプの欠点は,この複雑な発熱に起因することがよくあります。
私たち設計者は、いろいろな工夫をして、この欠点を目立たないようにアンプを設計してきたのです。しかし、どんなに気をつけても、また金をかけてアンプを作ってもゼロにはできません。ここにアナログアンプの音質上の限界があるのです。
ただし、アナログアンプでもこのような音質欠陥が起こりにくいデバイスが存在します。それは真空管です。真空管方式は今でもファンが多い方式ですが、それは真空管が温度が変わっても特性がほとんど変わらないという点で優れたデバイスだからです。
だからといってハイパワーでマルチチャンネルの映画再生に真空管アンプはちょっと無理というものです。
4. もう一つの曖昧さ
アナログアンプにはもう一つの曖昧さがあります。それはクロスオーバー歪みの存在です。
すでに述べたように、アナログアンプの多くは、波形の上下を別々の素子で分担します。そして波形の中央で接合します。
この波形の接合は、伝達関数が2次関数でできている場合はちゃんとつながります。しかしトランジスタは指数関数のため、この接合部分に曲がりができてしまいます。増幅素子にFETを使った場合、FETは2次関数なので、トランジスタよりはましです。しかし上下の傾きが違うことが多いので、ゼロクロスを中心に折れ曲がるのが普通です。このような歪みをクロスオーバ歪み、またはゼロクロス歪みといいます。
この歪みは出力が小さいときに目立つので、微弱な音の音色を変えたり、音場感を損ねたりします。音場感を作るエコーは微弱な信号だからです。また歪みが多い時は耳障りなイラつく音になります。
真空管の場合は、同じデバイスを出力トランスを使ってひっくり返して接合するので、この種の歪みは比較的出にくいといえます。しかし出力トランスの特性で出力が制限される欠点があります。また三極管の場合は2次関数なので歪みはキャンセルしやすいのですが、五極管やビーム管は高次関数なので、歪みの打ち消しはあまり期待できません (う〜ん。すごくレガシーな話ですね…)。
5. アナログ方式の欠点のまとめ
まあ、学生時代から通算すると私は30年以上アナログアンプを作ってきましたので、どうすればいい音がするか、何をしてはいけないか、言うなれば「酸いも甘いも」わかっているつもりです。ごまかし方も知っています。しかし原理的な欠点は、どんなに頑張ってもやはり傾向としては残ってしまいます。
まとめてみましょう。アナログ方式のアンプには、
- 発熱が大きい
- しかもオーディオ波形と全く似ていない発熱をする
- 半導体はこの発熱に反応する
- 結果として音がダイナミックに変化し、ステレオイメージを崩す
- クロスオーバ歪みにより微小音が歪んだり、耳障りになりやすい
という欠点があるのです。そこでデジタルアンプの登場というわけです。
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